010 外国人から見た勘違いした日本像が好き(前編)

『HOW DO YOU LIKE JAPAN? ~日本はどんな感じでっか?~(前編)』

 

1.

 外国人から見た勘違いした日本像が好きだ。ここまで数回書いてきて、最もニッチなテーマになってしまったが、続ける。

 より噛み砕いていうと「外国人作者の日本好きが高じて、日本に訪れて感じた印象や日本文化を過剰に増幅したり、想像で有りもしないことを付け足したり、外国人目線で日本文化に驚いたりしている作品」が好きだ。

 

 このジャンルの代表作として真っ先に挙げられるのが映画『ブレードランナー』だと思う。

映画勉強中映画好きビギナーの僕の中で、ブレードランナーはオールタイムベスト10の好きな作品で、メビウスシド・ミードによるデザイン・サイバーパンクの金字塔としての退廃的な要素、そもそものアクションやチェイスシーンの面白さ・美しさも好きなのだが、一番好きなのはリドリー・スコット監督の「外国人から見た勘違いした日本像」マシマシな街並みの描き方だ。

 

 設定は2019年のロサンゼルスだが、(今更説明するまでもなく)街中では日本語が飛び交っているし、箏曲をバックに大写しにされる『強力わかもと』の舞妓はんの電子ビジョンや、屋台で割り箸を「シュッシュッ…」とこすり合わせてからうどんを食うシーンなど、日本的なモチーフが数多くある。

 なんと言っても街中の店にある、横書き縦書きアルファベット漢字ひらがなカタカナが入り乱れた、記号的なネオンサインがいかしている。

 

 「おいしい料理」「壺」など素朴で何となく意味合いが通じるものに始まり、

「基礎の充実の上に」「お手持ちの烏口」「人造P星」…など、もはや意味をなしていない物も多い。

 中でも好きなのが、「゜コル゛フ月品」という、恐らくゴルフ用品の誤植であろう看板が特にいかしている。

調べてみると、この看板を好きな人は多いようでTシャツなどを独自に販売しているサイトもあるようだ…

 

 この街並みのデザインは、リドリー・スコット監督が来日して新宿歌舞伎町に訪れた時に感じた印象をベースに作られたそうだが、明らかに増幅しすぎだし間違った方向に順成長しているところが本当にたまらない。あのシリアスで重苦しい基調の物語の中にある、堂々とした破綻・支離滅裂さとの乖離・ギャップに頭がぼーっとしてクラクラする。

「゜コル゛フ月品」の誤植などは、日本語をある程度書けたり話せたりしてしまうと、あそこまで堂々と配置できないだろう。(この作品以降、オマージュとしてあえて配置するということはあったとしても)

まして映画のセットの中に大道具として予算をかけて作らせて組み込むなんて離れ業で、「外国人から見た勘違いした日本像」の賜物だなあ~といつも痺れてしまう。

 

2.

 もう一つ、ブレードランナーとは違う切り取り方だが、「外国人から見た勘違いした日本像」映画として、『ロスト・イン・トランスレーション』に触れておきたい。

この作品は、ある有名カメラマンの妻として来日した主人公・シャーロット(スカーレット・ヨハンソン)が、写真家の仕事や女優との交流で多忙な夫に、見知らぬ日本・東京の地でほったらかしにされて暇を持て余し孤独を深める中、同じく来日し孤独を感じていた中年映画スター・ボブ・ハリス(ビル・マーレイ)と知り合い、滞在中の短い間友情を深めていく、という内容だ。

 

 そもそもこの脚本の構想には、ソフィア・コッポラ監督の日本留学経験の他に、元夫で映画監督であるスパイク・ジョーンズと共に来日した際に、東京でほったかしにされて寂しかった経験も含まれているらしく、その心象が反映されたような全体的に淡く儚いルックで2000年代前半の東京の街の様子が映されている。

その風景の中で、ボブ・ハリスとシャーロットがお互いに寂しさを持ち寄って、称え合ったりいたわり合う、友情とも愛情とも、大きなおもいやりとも言えるやり取りが非常に美しい作品である。

 

 それと同時に、「外国人から見た日本という国の不思議さ(あるいは奇妙さ)」という視点もふんだんに盛り込まれている。

 寿司・しゃぶしゃぶなどの日本食文化、不必要なまでに巨大なネオンサインの立ち並ぶ街、古寺、東京じゅうに張り巡らされた地下鉄、クラブ、カラオケ文化、悪趣味なストリップ…

 異国の文化は柔軟に取り入れ自国で独自に発展させて、更に温故知新として過去の文化も上手く現代にサンプリングしたり温めていく「多国籍的ゆえに無国籍的」な日本文化の不思議さ・それに接したときのとまどいを、はじめて日本を訪れた外国人目線で切り取っているのが面白い。

 

 印象的なのは、序盤、シャーロットが「とりあえずホテルに居てもやることがないから」という様子で街に繰り出したときのゲームセンターのシーン。

 ゲーセンの中にある音ゲー(恐らくギタフリをイメージ)から流れる誰かがカバーしたJ-POP(恐らくTRAIN-TRAINが原曲)が、主人公のシャーロットにはピッチも歌詞も無茶苦茶に聞こえる。

音ゲーの知らない人が歌っているカバーバージョンって日本人でも当惑することがあるし、異国の地で外国人が聞くとこれぐらい記号的で意味不明に聞こえるんだよ、ということを端的に表している様で、めちゃくちゃ細かいけど好きだ。

もしかすると、カバーバージョンでも使用許可が折りず、外国人スタッフが真似て歌った、という事情かもしれないけどいずれにしても印象に残る。むしろそういう逸話があってほしいぐらい。

 その他にも、後半のボブ・ハリスとシャーロットの会話で、前日二人で行ったしゃぶしゃぶ店の話に触れハリスが「最悪だったよ。自分で料理する店なんて」と言い放つくだりがある。

しゃぶしゃぶを当たり前のように食べている日本人には、しゃぶしゃぶ店を「自分で調理するサービスの悪い店」と解釈する人は恐らくいない。なので、その不意打ちにクスッとしてしまう。いいセリフだと思う。

 

(後編に続きます)