015 職人気質が好き <承>

(↓前回からの続きです)

014 職人気質が好き <起> - やなせ京ノ介の好きなことを好きなだけ話すブログ

 

『夏の勝新太郎(略して夏新)』 -2-

 

4.

 何度か管理会社へ連絡をしたが、先方曰く「大家さんの業者手配が遅くこちらも何度かお願いをしているのだがやりすごされてしまってまだ手配できていない。大家さんは土日が休みなので、また週明けに連絡します」とのことだった。

どうやら大家さんがかなりのんびりした人のようで、そう考えるとハウスクリーニングなどのユルさも頷ける。(不満ぽくなってしまったが、自分はカビ以外はそんなに気にしていなかったです)

 

 そこから数週間後、「別の業者の手配がついたので今日中に連絡をさせます」という旨の伝言が来た。

更に2日ぐらい空いて、見知らぬ番号の”別の業者”から連絡が来た。

 

 電話口の第一声は「あの、こんにちは!!!エアコンの会社です!!!!」という超ハイパー元気なお爺さんの声だった。

エアコンの会社が出し抜けに「エアコンの会社です」と名乗るのは、漫才の登場で「はいどうも~お笑いコンビで~す」と言うのとあまり変わらないのではないか。

 

 その声の倍音成分や、話していないときの(クッチャ…クチャ…)という、老人特有の、ガムもないのにエアガムを噛んでる感じの咀嚼音から、年の頃76歳ぐらいと推測される。

「あの、エアコンが壊れたってね…聞いたんですけど!!明日午前中行ってもいいですか?」とテンションを一定に保った大声でのアポイントが続いた。

次の日は特に予定がないので家にいることを伝えた。

「わかりました!はい、どうも~私カタクラと言いますから!明日行く前に電話します!!よろしくお願いします」と言うところで会話は終了した。

 

5.

 午前中に電話してから来られるということで、少し早く起きカタクラ氏の訪問を待った。

11時頃、玄関のチャイムが鳴り、amazon頼んでたかな?と思いドアホンを取ると、

「あの、エアコンの会社です!!エアコン見に来ました!!!」と言う声がした。

そりゃあエアコンの会社はエアコンを見に来たのだろう。エアコンの会社がうちの本棚にある「よつばと5巻を見に来ました!」と言ったら部屋に入れないようにする。

ドアホンの声よりちょっと大きいぐらいで室内に生声が聞こえていたほど元気だった。そして、訪問前に電話連絡は来なかった。(ということになる)

 

 玄関を開け、「こんにちは~」と登場したカタクラ氏は、僕が推測した年の頃76歳より更に老成していて、眉毛までの総白髪に顔は近年のトミー・リー・ジョーンズの2.8倍掛けぐらいしわくちゃだった。

見た目にして83歳ぐらいだろうか。そして、(クッチャ…クチャ…)のエアガム咀嚼音も、生だと3.2倍ぐらい臨場感があった。

上半身にまとった白い作業着のベストのポケットというポケットに、筆記用具からいろいろな工具・器具がぎっしりと入っている。

「早速見ますから!」と、160cmぐらいの身長より少し小さいサイズの脚立をぶっきらぼうに抱え、何か計測器のような器具を取り出し、エアコンの上に置いた。

 

6.

 作業にあたり僕が、「エアコンのブレーカー落とさなくて大丈夫ですか?」と聞いた。

部屋の配電盤には、全体の電気をいっぺんに落とすブレーカーの他に、いくつかスイッチがあって、その中に空調だけのブレーカーがあるので、それを落とせば安全に作業できる上、部屋の冷蔵庫などの電力には影響を与えないのだ。

他の業者の修理のときは、感電を防ぐため皆そのようにしていたので、素人ながらここまでの経験則で伺った。

 カタクラ氏は「大丈夫です!あ~だいたいわかったんで(クッチャ…クチャ…)」と答えた。他の業者と違い、中を開けたり壁側のホースを見ることはおろか、水すらも流さないで分かってしまったらしい。

 

 カタクラ氏の診断は5分程度で終わった。

曰く、「エアコンは普通、左右の水を流す側、この機種だと向かって左側が下になっていないと水が流れないのに、これのエアコンはレベルが取れていない。なんでレベル取らねえのかなあ~」とのことだった。

どうやら、そのエアコンの水が流れていく側を下にして、正しく排水が出来るような傾きにすることを専門用語でレベルを取る、というらしい。「なんでレベル取らねえのかな」としきりにつぶやいていた。

 「一度持ち帰って、明後日の昼過ぎにまた来ますから!行く前にまた電話します!!!」と言って、カタクラ氏は去っていった。この日は事前に電話は来ていなかったが。

 

 しかし、あの老成した容姿、一つの器具だけを使い5分ほどで原因を突き止めるあたり、事前に聞いた症状と、エアコンの外観だけを見て、レベルが取れていないことが原因とわかってしまったということか…!?

そうであれば、もしかするとカタクラ氏は相当なやり手なのではないか?と思った。

いや、きっとそうだろう。やり手で職人気質でなければ、あの年齢まで現役の修理工として働き続けているわけもない。

 ぶっきらぼうで接客用語の類いはからっきしだが腕は確かで、東京中のサービスマンがカタクラ氏の名前を聞くだけで飛び上がるような、伝説のサービスマンなのではないだろうか。

ここまで3組のサービスマンでも直せなかった難案件とあって、数年ぶりにカタクラ氏に白羽の矢が立った、とそういう経緯なのかもしれない。「どれどれ、全盛期より腕は落ちたがまだ若いもんには負けんよ…」と重い腰を上げて、ここまで来てくれたのではないのだろうか。

 

カンフー映画でいえば確実に全登場人物で一番強い人で、力ばかりで押し切ろうとする主人公を、豊富な経験と技でいなしてしまう、そんな円熟味のある人物なのではないか。

 数日後、再度訪れた際にはカタクラ氏、いや、カタクラ老師の妙技がついに見れる。そして、結果的に夏中故障していて、秋に差し掛かろうとしているこの時期にエアコンは簡単に直ってしまうのだろう。と想像し、ワクワクで胸がいっぱいだった。

 

入居時からの降って湧いたようなトラブルは、様々な経緯を経て今、一つのエンターテイメントショーへと昇華していた。

 カタクラ老師が他のサービスマンにないどのような発想・技で、この難案件を解決するのだろう、ということが楽しみだった。2日間、水漏れするエアコンを見ても(もうじきかならず直るぞ……!)と心の中で声をかけながら、その日を待った。

 

(続きます)