045 コアラのマーチが好き

『愛しのコアラ型チョコ菓子』

 

1.

 コアラのマーチが好きだ。

 

味が好きなのはもちろん、心の中にまだ幼児がいるアダルトチルドレン、どころかチルドレンオブアダルト、チルドレンオブ・ザ・イヤーなので、

ひとつひとつ箱から出しては、食べる前に「まゆ毛あるかな?」とか「このコアラ、座っててかわいー!!!」と絵柄のプリントをひとつひとつ確認して堪能しながら食べる。

 

 こんなにコアラのマーチを楽しんでいる大人はなかなかいないだろうと思う。

仕事の休憩時間とかにもよく食べていた。しかし、そのプリントをひとつひとつ確認して堪能しながら食べる没入具合が仇となり、普通に休憩時間内に食べきれないこともしばしばあった。

 デフォルトのコアラの絵柄が好きなので、近年よくある『コアラのマーチ×よしもと芸人コラボ』みたいのはあまり受け入れられない。

受け入れられないと言いつつも、その時期にコアラのマーチが食べたくなってよしもと芸人コラボしかなければ買うし、気づけば「この斎藤さん、似てるー!!」と喜んでいる。くだらないプライドやこだわりが崩れる速度も、はじめてのマリオカート150ccぐらい速い。(体感ね)

 

2.

 しかし、近年のビックリマンチョコのやたらとコラボするやつだけは辞めてほしい。

ビックリマンチョコは普通に味がめちゃくちゃ好きで、好きなチョコランキングを作っても上位に来るぐらいだから、年間何回かチョコの味目当てで食べたくなる。

小学生のときから「シールだけ取ってチョコは捨てる」、みたいな話を聞くたびに意味がわからないし何ておぞましい!と思っていた。

僕の好きなお笑いコンビの虹の黄昏が、魅力のないもののたとえとして「ビックリマンチョコシール抜き!」というギャグ(?)をよく言うが、それすらあまり共感できないレベルだ。シール抜きでもチョコが食えれば割りと満足する。

 

 それだけに、AKBマンとかキングダムマンとか、特に自分にとって思い入れのないものがコラボしていると、なんとなくファン感が出てチョコ目当てで買いにくい。

その気持ちを退けてでも、チョコを食べたくて、チョコ目当てで買うこともあるが、チョコを食って満足したあと、思い入れのないシールだけが残る。

小学生のときにビックリマンシール集めてた世代として、ビックリマンシールを捨てるということは、お地蔵さんの前にゴミを捨てたり、仏壇の前でオナラをするぐらい禁忌を犯している気持ちになる。

 それでもやっぱり思い入れがないから、断腸の思いでいつも捨ててしまう。めちゃくちゃ申し訳ない。隠れキリシタンが踏み絵してるときこういう気持ちだったのか、と思う。そして結果として「ビックリマンチョコシール抜き」になっている。

 

 この気持ちになりたくないから、コラボして『ハロプロマンチョコ』を出してくれればシールも集められるし嬉しいと思ったけど、同じように思い入れのない誰かがハロプロメンバーのシールを捨てていると思うと切ない。

やっぱりビックリマンチョコに関しては、コラボと通常版ダブルバインドで出していて欲しいと思う。コアラのマーチの絵柄とビックリマンチョコでは、コラボが持つ重みが違う。

 

3.

 爆笑問題太田光が、以前「チョコベビーとかアポロは口の中に全部バーッと流し込んで口の中で大きなチョコの塊にして食う。これが一番ウマイし小学生のときからずっとやってる」と言っているのを見て、めちゃくちゃ贅沢でもったいねーことしてるな!他のチョコ食えよ!!と思っていた。

それと同時に、その食い方すごいいけないことしてるみたいでいいな…スッとするだろうな……という好奇心も同時に芽生えた。

 

 大人になってからそれを思い出してやってみたくなり、チョコベビーを買っていざ…!と思ったが、直前で手が震えて出来なかった。やっぱり一粒一粒食ったし、それが一番美味かった。太田光式をやっていないので、比較対象がなくなんとも言えないが…

想像するに、その罪悪感に耐えながら食うのは気持ちが落ち着かない。ただ、いけないことをしている気持ちよさが罪悪感を超えてくるときにめちゃくちゃ美味しくなる食べ方のようにも思う。

そもそも太田光みたいな人物は、そういう食い方に罪悪感自体感じていないだろうが。

罪悪感を感じずに流し込むためには、年収が8兆にならないと無理だろうな、と今の段階では思っている。

チョコベビーに対してまで気弱な自分につくづく呆れる。

 

 数年前「コアラのマーチを箱のまま、30分振り続けると一つの巨大なチョコボールになる」というのが、ツイッターで流行ったのを見たとき、このチョコベビーの話を思い出した。

rocketnews24.com

“絵柄のプリントひとつひとつ確認しながら食う派”にとっては、ロクに確認もせず食うことすらもったいないと思うのに、一つの大きなチョコボールにするなんて暴挙中の暴挙である。

お地蔵さんの前にゴミを捨てる、どころかお地蔵さんを粉々に砕くのと同じぐらいヤバイと思っている。

 

 そして、チョコベビーの話と同じように、いけないことしてるみたいで楽しいだろうな…という好奇心も同時に芽生えていたのも偽らざる事実である。

同じように、買ってきて試そうと思ったが、パッケージの可愛いコアラがこちらを見ている絵を見た途端に、1分後には「このコアラ、トランペット演奏しててかわいー!!!」となっていた。

こういう”お菓子大胆食い”の類は一生できなそうだ。さけるチーズもなくなるギリギリまでさかずには食えない。どこまで気弱なのだろうか。

 

4.

 youtubeのサイエンスチャンネルに、工場のラインで製品が出来るまでを追った15分の映像があり、それをボーッと見るのに一時期ハマっていた。

その中のコアラのマーチが出来るまでの工場の動画がかなりいいので、最後に紹介しておく。

www.youtube.com

 

それにしてもタイトル、契約とかの関係があって『コアラ型チョコ菓子ができるまで』なんだろうけど、明らかにバレバレなのに「コアラ型チョコ菓子」っていうのなんかもどかしい。AV男優のことセクシー俳優っていうときの歯切れの悪さ、落ち着かなさに似ている。(こんな締めでいいのか?)

 

 コアラの絵柄の生地シートが出てきて、そこから型抜きされるところめちゃくちゃカタルシスある!!

本当にこの動画は何回も見た。前の職場で仕事中に見ていた。徐々に仕事が忙しくなって、コアラのマーチの動画も見れないぐらいの忙しさになって辞めた。「コアラのマーチの動画も見れなくて、何が仕事なんだよ」という気持ちになっていた。今思うと結構ヤバイ。

 

 工場でこの絵柄が出来るまでの可愛さを見ても、あなたはロクに確認せず食えますか!?

 コアラのマーチ、これからも一つ一つ絵柄見ながら食べる派で居たい、と今は思っている。