047 長距離バスから見る景色が好き (後編)
(↓昨日からの続きです)
『やっちゃいけないこと全部やる阿藤快』(後編)
3.
ちょうどあと20分ぐらいで、バスの行程が半分に行くらしく、トイレの前の地下空間からズルズルと運転手・阿藤快が這い出て来た。
後半を運転するほうは、運転手の交代の少し前に目を覚ましておく必要があるのだろう。阿藤快はノソノソと歩いてきて、前列のほうにある、乗客の居ない空席に座った。
座ると同時に(目覚ましがわりに映画でも見ておくか、途中からだけど)とばかりに、阿藤はイヤホンを手にした。
次の瞬間だった。
流れるようなリモコンさばきで、あろうことか、スッと音声を英語から日本語吹き替えに変えたのだった!!
そのシーンはお父さんが子供に辛く当たるシーンのピーク的なところで、食卓でお父さんがキレてコップを投げつける様な場面だった。
まくしたてるようにキレている途中に、「I was……かどうかと聞いているんだ!!!!!! 」と父親の国籍がまたたく間に変わってしまった。日本国籍からカンボジア国籍に変えた猫ひろしよりも、国籍変更までのプロセスは早かっただろう。
没入感は全くなくなった。しかもお父さんの吹き替えが、フルハウスのおじさんの声で、あの家庭的な、ディージェーとステフとミシェルにいつも優しく接している様子しか出てこなかった。
フルハウスの観客が、嫌な事件を目にしたときみたいに「オォー……」って言おうかなと思った。
しかも、字幕は出たまんまだった。字幕と日本語吹き替えが混在してて、それぞれの言い回しが微妙に違ったりすると結構気になるタイプなのでより「あー」となってしまった。
我慢してしばらく見ていた。
10分後ぐらいに、運転手の交代があり、阿藤快がハンドルを握る番になった。
よく考えたらこの先こいつ見ねえんじゃん!!!!!!!!!!!!!
それでなんで吹き替えに変えちゃうんだ…普通に家で何人かで映画見ててもされたら嫌なことだ。最初から吹き替えならまだしも、一時間弱経過したところでこの仕打ちはない。
と思っていると、先発の運転手の人もノソノソとトイレの前の地下空間に戻っていってしまった。リモコンがどこにあるかもわからないし、音声の切り替えをしてくれる人もいなくなってしまった。
そのまま映画を見るのは辞めて景色にすっぱり切り替えた。『6才のボクが、大人になるまで。』はいつか借りて見ればいいや、と思ったが、何となくこのよくわからない一件から見る気をなくして見ていない。
4.
繰り返しになるが運転手は阿藤快(似の男)に変わった。なかなかデリカシーのない行動だったな~俺が細かすぎるだけなのか?と思ったが、運転が無事なら別にいいやと思いそのまま乗っていた。
1時間ぐらい過ぎて、バスは下道から高速に入った。高速に入って、20分ほどしてバスがぐわんと揺れた。
「雪でスリップしたのかな~」ぐらいに思って、ふと最前列の席から阿藤快のほうに目をやると片手で『蒲焼さん太郎』を食べていた。
冬の圧雪アイスバーンの高速道路で乗客何十人を乗せての駄菓子喫食は、よく考えたら危ないが、その時は「まあお腹すくししょうがないか、俺も蒲焼さん太郎好きだしな~」ぐらいに思っていた。
その後、更に10分ぐらいしてまたバスがぐわんと揺れた。
また蒲焼さん太郎か!?と思って阿藤快の手元を見ると、今度は『雪の宿』が握られていた。
ポリポリモシャモシャして、雪の宿を食べる阿藤快(似の男)。ちょうどその頃、バスは温泉街の近くを通っていてまさに雪の宿、ってやかましいわ!と思っていた。
それにしても次々食べ過ぎではないか、地下空間の仮眠室と思しきところは飲食禁止なのか、もしそうでなければそこで食ってくればよかったのに、と色々な思いが去来していた。
しかも雪の宿は2枚入りで、2枚を食う過程でちゃんと2回ぐわんとなった。
自分が最前列で、手元が見えていることもあるしその分気になるだけなのか、と思ったが、横転とかはないまでも危ないのではないか?と思い始めた。
そんな思いを押し殺しながらも、引き続き乗っていたが、15分後ぐらいに前述の3回とは質の違う、最も大きなぐわん!という揺れがあった。
また雪の宿か!?蒲焼さん太郎か!?はたまたわさびのり太郎か!?!?と思い手元を見ると、
あろうことか阿藤快の手には『ヤンヤンつけボー』が握られていた。
ヤンヤンつけボーといえば、筒状のパッケージの中身が3つに別れていて、そこからこんがり焼かれた棒状のクラッカーを取り出し、チョコクリームにつけて、なんならカラフルなトッピングのパフにもつけて楽しんで食べられますよでお馴染みの楽しい楽しいお菓子である。
それを手に持ちながら、つけて楽しんでは食べようとしてたのである。
お腹が空いていてお菓子を食うのはまだ理解できるが、運転中に何つけボー要素で楽しもうとしてんだよ!!!と流石に思った。
阿藤快も「こりゃあぶねえや」とばかりに、苦笑いを浮かべヤンヤンつけボーは流石に一本でやめたようだが、あのまま運転を続けていたらヤンヤンつけボーの楽しさをなきものにするぐらい、お楽しくない目にあっていたかもしれない。
この一件はバス会社にクレームでも入れれば表立った問題になったかもしれないが、当時コールセンターでクレーム対応をしていたこともあり、仕事納めの後にまでそんなことをする気になれなかったし、もうやっちゃいけないこと全部やるのかよ!と逆にファニーだったので何も言わなかった。
バスは無事に目的地についた。無事で良かった。映画以外。
ここまで来たら阿藤不快だっつってね(よっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
<完>