056 習い事が好き <転>
(↓前回、前々回からの続きです)
『ジャンギーの思い出』 -3-
6.
そして、発表の日は来た。教室に入ると”合格発表”的なことが英語で書いてあるお手製のカラフルな紙が貼られていたような覚えがある。
年中いつもワイシャツとスラックスだけの、「早すぎたクールビズ」スタイルだったジャンギーも、その時ばかりは厳かな様子でバシッとスーツ姿だった。
その厳かな衣装とは対照的に、ジャンギーのテンションはここ数週の「超難しい検定モード」ではなく、いつもの陽気なジャンギーのそれに戻っていた。
みんなの大好きなジャンギーの持ち前の明るさが帰ってきたとあって、少しホッとした様な、あるいは久々の明るいジャンギーとの接し方を忘れてしまいどこかよそよそしい様な、それぞれの笑顔を浮かべ、生徒たちは教室に入ってきた。
「ミンナ、本当にオツカレ様ー!!疲れたネー…疲れタヨネー!!!終ワってヨカッタネー!!!」と陽気にねぎらいの声をかけていくジャンギー塾長。
生徒たち6人も、ここ数ヶ月の、小学生なりに抱えてきた苦労が報われたとばかりに安堵の表情でそれに応える。
「じゃあ、トウトウ結果を発表シテいくからネー!一人ズツだよ!キンチョウするネー!!」
ウリナリ総選挙か!というぐらいに煽るジャンギー。
今回のテストの合格発表は、ジャンギーから一人一人に合格・不合格を告げるというスタイルにしたいらしい。やはり、難易度の高い検定だったということもあり、少しでもドラマチックにしようという思惑があったのだろう。
さすが、ご陽気でゲームと歌とハリウッド映画を愛する男である。この検定の合否ですらエンターテイメントに昇華してしまおうという魂胆だ。
一英語塾・私塾の塾長に、それは必要な素質なのか、と問われると疑問だが、生徒たちもジャンギーの思いつきで何かが始まる、そのエンターテイメント性を愛していた。
しかし、数週間維持していた真面目なモードを、すぐに切り替えられるほど小学生たちは器用ではない。
自分を振り返ると、その時は正直ドキドキしていたし、「ジャンギーそういうの今回はいいから早く結果を言ってよ!」といじらしい気持ちのほうが強かったことを覚えている。
7.
ジャンギーによる結果発表が始まった。
「さやか。さやかはヨク頑張っタネ…受けたかな?…さやかは受けてると思う!?!?」と聞くジャンギー。
みんなが「?」という顔をした。僕は少し考えてから察したのだが、ジャンギーは合格を表す「受かった」を「受けた」と勘違いして覚えているらしいのだった…!
”外国人としてはめちゃくちゃ流暢に日本語喋れてるけど”の、外国人の面がこんなところで出てしまったのだ!
「受けたかどうか?」と聞かれれば、そのために三ヶ月間必死で勉強したし、当日朝早く会場に行って試験を受けたことは体が覚えているから間違いない。マッドサイエンティストに脳へ電流を流され、記憶を消されたなどの事項がない限り、受けた記憶がない生徒はこの中に誰もいない。
さやかは当然、「うん、受けたよ。受けたに決まってるじゃん。」とフラットに答えた。
「ホントー!?凄い自信だね…」と続けるジャンギー。「早すぎたアンジャッシュ状態」がここに完成していた。
「ジャア、言うヨ…さやかは……………」 みのもんたばりに溜めを作るジャンギー…
「さやかは……・・・・受けたー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」と目を見開いて大声で手を広げた。
…しかし、当のさやかは「…うん、受けた!受けたよ!で、結果は????」と、当惑しながら聞き返している。
ジャンギーの頭の中での流れは、「生徒たちに自信のほどをインタビューする」→「ファイナルアンサーの後のように溜めて焦らす」→「結果発表!」→「大団円!」というふうにしたかったのだろう。
それが「受けた」と「受かった」を取り違えただけでオシャカになってしまった。日本語は難しい。ジャンギーのエンターテイメント性が仇となってしまった。
全く喜ばないさやかを見て、今度は自らが「?」という顔をするジャンギー。
その後も同じ調子でショーは進んでいき、みんなが「受けた」と答えるもんだから、その都度「ミンナ凄い自信だネー!」「良くデキタんだネー!」と喜んだりしていた。
ただ、結果発表はみんな「?」顔だった。ジャンギーに罪はない。
ジャンギーの勘違いに気づいていた僕も、聞かれて「うん、受けたよ」と答えてしまった。今思えばあそこで言ってやればよかった。
結果は、その場にいた6人全員が”受けて”いた。
ジャンギーによる世紀の結果発表ショーはグズグズに終わり、みんな達成感はあまりなかったようだった。
ジャンギーがトイレに行ったタイミングで「多分ジャンギーは受かった、のことを受けた、だと思ってるんだよ。だからみんな受かったよ」と伝えると、みんな喜んでいた。
トイレから帰ってきたジャンギーは、全員の遅れてきた喜びの感情に、輪をかけて不思議そうな顔をしていた。その日の最後に全員で記念撮影をした。
(続きます)