041 ソフトさきイカ(チーズ味)が好き <起>

『入院した話』 -1-

 

1.

 高校一年生のとき、実家を出て男子寮に住み始めた。

男子寮の衛生環境はお世辞にも良いとは言えず、寮の建物自体がそもそもボロすぎた。

 

 記憶している範囲で当時築50年ぐらいと聞いた気がする。

外壁はすすけているとかそういう次元を越えて黒くくすんでいるし、地震などの影響で全体にヒビが入っているし、森の中にあるという立地も含めて、外側から見ると何か収容所のような風合いだった。

 

 風呂のボイラーがとりわけ古く、年功序列で入浴時間が最後に設定されている1年生がシャワーを浴びる頃には、水シャワーしか出なくなっていた。

更に浴槽も長年蓄積したカビがいたるところに生えていて、そこを毎日100人以上の人が利用していた。潔癖症の人なら全く耐えきれない環境であろう。

 

2.

 一日三回の食事についても、美味いメニューもあるが、平均値は低く、夜が不味いメニューのときは、近所の学割クーポンで350円のラーメン屋を皆利用していた。(このクーポンは3枚綴りになっていて、同じラーメンの値段が、上から、450円・400円・350円になる券がついていた。みんな一番下の350円だけ使って捨てていた。めちゃくちゃ無駄だと思う)

 

 寮食の不味いメニューの中でも、ほとんどの学生が食わない殿堂入りのものがあって、その殿堂入りの中でもking of kingsだったのが生姜焼きだった。

一般的に連想される定食屋の生姜焼きとは違い、寮で出てきたものは、靴の中敷きのようなサイズ・薄さの、豚肉(とされているもの)だった。そこに、何かジュレを溶かしたような奇妙な薄茶色の汁がかかっている。

 この肉が非常に硬く冷たくて、「マジで靴の中敷きの生姜焼きなんじゃないか?」と思うことが何回もあった。何より、一応豚肉ということになっているのに中が毎回うっすら赤い。食中毒のような話は聞いたことがないが、かなり危なかったのではないか、と今でも思う。

 

 更にこの肉には奇妙な噂というか都市伝説があって、『校内の敷地で野良犬を見た。みんなで数日間かわいがっていたのだが、寮の夕飯があの生姜焼きだった次の日から、その野良犬を見ることは二度となかった…同じような話を寮生数人から聞いた。あれは犬の肉なのではないか…』というものだった。

その話を聞いてから、学生たちが野良犬を見かけることが二度となかったように、食堂のおばさんたちが生姜焼きの日に食堂で僕を見かけることは二度となくなった。

 

3.

 僕は幸いにも(?)潔癖症ではなく、近所のラーメン屋のラーメンも口にあったので、毎日友達たちと話したり色々な遊びを考えて遊んだりしながら、それなりに楽しく寮生活を送っていた。

 

 そんなある日、左内ももの付け根の当たりに大きなデキモノが出来た。

 

発見段階で1円玉大だったそのデキモノは、日に日に通貨価値が上がり、500円玉大になった。最終的には500円玉大を越えて、ごえんがあるよチョコのBIG版ぐらいのサイズになってしまった。

それと同時に、熱を持ちズキズキと痛み始めるようになり、衣類にこすれると鋭利な痛みが走り、足を引きずらないでの歩行が困難になってきた。

 

 16歳の頃は今よりもっと世間を知らず、反比例するように性的欲求はメジャーリーガーだったので、デキモノが出来た場所が場所だけに、何か重篤な性病か何かではないかと悩んだ。

「このまま童貞で終わったらどうしよう…………童貞で死ぬならまだしも、巡り巡ってちんこを切除することになって、切除したまま生きることになったらどうしよう………これからもっといいエロ動画を見つけてもただ見るだけなんて死ぬよりも苦しい」と眠れぬ夜を過ごした。

その考え自体がド童貞だし、心配の方向も大きく間違えている。しかしながら当時は真剣だった。性的欲求のメジャーリーガーであると共に、童貞のメジャーリーガーだったのだ。着ているユニフォームはドジャースのDではなく童貞のDだ。自分でもこのくだりはもういいよと思う。

 

 先生に病状を説明し、翌日は午後から学校を休んだ。「童貞で終わりたくないので」、とは言わなかった。けれどまだ頭の中はその心配事でいっぱいだった。

当時の主な移動手段だったチャリにも乗れないぐらいの病状だったので、タクシーを使って、寮の人が調べて紹介された病院に行った。

 

(続きます)