031 エロに翻弄されて惨めになった話を聞くのが好き(前編)
『エロに翻弄されて惨めになった話 〜略してエロみじ〜』(前編)
1.
男というのは難儀な生き物だとつくづく思う。女性のほうが多面的に見れば大変なのは理解しているつもりではある。
その上であえて言うと、男は、こと性欲の面では女性より明らかに難儀な生き物である。これは断言できる。
男性の体の構造上、ある程度の年齢以上になると放おっておいても性欲がチャージされる。それによって正常な思考を奪われることも時々ある。
人によって大小はあれど、性欲に翻弄されて、正常な考えができずに、いつもは取らないようなおかしな行動(not犯罪)を取ってしまったことは、成人男性ならば一度や二度ではないだろう。
すべての男は、スーパーファミコンのコントローラーでずっとYボタンが押しっぱなしになったままロックマンXをやっているようなものだ。放出するまではずっとキャノンがチャージされたままになり、「ウィーン!!」と体中が光っている。放出すると一旦は収まる。
それが早い人であれば10歳から、燃え尽きるまで繰り返される。つくづく難儀なゲームである。
2.
そのチャージがMAXになっていて正常な思考が奪われているときに、おかしな行動を取ってしまった話、題して『エロに翻弄されて惨めになった話』(略して「エロみじ」)について、男友達と話したことが何回かある。
大人になってからの『エロみじ』あるあるとして、よく挙げられるのが
「今日はもう気持ちがMAXまで高まってるから、性風俗店に行こうかな」と考えていて、「でも金が勿体ないからな」と踏ん切りがつかないでいるうちに、セルフで放出し我に返り「あっぶね!!!!!!!!アホか!!!!!!!こんなことで!!!!!!!!!金勿体な!!!!!!!!!!!!行かなくて良かった~」的な独り言を言ってしまうということだ。
これは10人居たら7人は経験しているのではないか、と思う。エロみじの話をすると、必ず出るくだりである。皆が分かち合えるので、その場にいる”エロみじスト”(=エロに翻弄されて惨めになった話の話者)たちに連帯感が生まれる。
性風俗店でなくても、DMM.R18(現:Fanza動画)で販売されている動画を買うか買わないか迷って、結局買わずに放出して「あぶな!!!!!!!!!!!!!!!!!こんなことで!!!!!!!!!!!!!!!!980円言うても何個も何個も買ってられへんで!!!!!!!!!!!!!!!!!良かった~」と我に返ることもある。
パズドラはじめとするスマホゲームに課金している人を、”理解が出来ない”という語調で批判する人がいるが、Fanzaで動画を買ったことがある人は今後批判してはならないと思う。だから自分は批判しない。
どちらも無形のものでその価値を知らない人には無意味に見えるが、ある人にとっては必要で幸福をもたらしている。
また結果として金を使ってしまっても、満足感との天秤にかけて、正当化する技術も徐々に身についていくものだと思う。
3.
童貞時代は特に『エロみじ話』が生まれやすい。
- 大人に比べて分別がない
- 実践経験がないので、エロの感触がすべて想像である
- アダルトコンテンツを気軽に摂取できる環境にない
- 体は若いのでチャージだけはどんどんされていく
という、エロの四重苦(または童貞の四重奏とも言う)が課せられているのがその理由だ。
今書き出してみて思ったけど、このエロに対して圧倒的不便な状態でよく生きていられたな…………エロの縄文時代じゃん。
この前、タニケンとエロみじの話をしていて、まさに中学生時代の「実践経験がないので、エロの感触がすべて想像である」点から生まれたエロみじ悲劇の話を聞いた。
中学生男子は、この世で一番おっぱいを触りたい生き物である。
一日24時間のうち23時間半はおっぱいのことを考えていて、残りの30分は裸のことを考えている。
中学生当時の谷本少年も例外ではなかった。
下手すれば24時間中29時間はおっぱいのことを考えていたかもしれない。
オーバーした5時間分の負債が毎日蓄積していき、大人になった今もおっぱいのことを考える時間の負債を返済し続けている。
だから彼が大人になってもエロいことを考えてしまうのは仕方がないのだ。涙ぐましい返済の過程である。
話が逸れたが、中学生当時の谷本少年は欲求のまま「どうすればおっぱいを触れるのか?」を真剣に考えた。
クラスの女子全員に触らしてくれと頼むのか、そんなことをすれば思春期のカーストの中から自分を遠心力でぶっ飛ばすようなものだ。よりモテから遠ざかり、結果としておっぱいから遠ざかってしまう。実際にはそんなことが出来るわけがないし。まして、クラスの肥満児男子のおっぱいを触ることではこのパズルは解けない。(この辺はそういうことも過程で考えたんじゃないかという憶測)
何とか触れないか、と思案した結果「今の俺では触れない」という結論に至ったそうだ。
触れなければどうするか、「おっぱいの感触の代替となる何かを触りたい」と考える。
その過程で「どうやら水をたっぷり入れた水風船の感触が近いらしい」という情報を小耳に挟んだ。
そんな有益情報を聞き出しては居ても立ってもいられない。いられるはずがない。
早速水風船を買い込み、親の目を盗みバレないように水をたっぷり入れ、水風船を2つ自室に持ち込んだ。
待ちに待ったジェネリックおっぱいのお出ましに、文字通り”胸を踊らせ”、「これがおっぱいか…」と気持ちが高まった彼は、いざ出陣とばかりに顔に乗せて楽しもうとしたらしい。
…次の瞬間!(世界まる見えのナレーション)
その水風船が「バショォゥ…」という音を立てて割れてしまったのだ!!!!
ベッドは当然水浸しになった。
その瞬間、我に返ったらしい。我に返るのが遅すぎる。我に返るチェックポイントはいくつもあったはずである。
しかし、これは”当事者の気持ちの高まり”としか説明できないことで、外野がとやかく言える話ではない。デリケートな問題なのだ。
その時、夕陽に照らされながら、水浸しのベッドと水風船を片付けていたとき本当に「何やってんだ…」と思ったらしい。
当時を振り返り「あれには本当に驚いたよ~でも、ああいう経験があって、今があるんだからね。前向きに考えているよ」とコロラド州のジョージ、もとい青年になったタニケンは語る。(世界まる見えっぽくです。一応)
『エロみじ話』の正統派のようなエピソードである。
(続きます。)