044 ソフトさきイカ(チーズ味)が好き <結>

(↓からの続きです)

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『入院した話』-3-

9.

 次の日の午前も、一向に問診はなかった。いたずらに時間だけが過ぎた。

 

 昼過ぎになり、両親が見舞いに来た。

「先生の言うことをよく聞いて~」的なことを言っている母親を遮って「ここに居たらまずい!!!今すぐ出たい!!!!!!」と矢継ぎ早に話した。

 隣におじいさんが居ることもお構いなしに、半年とか35年とか言ってて誰も原因不明なんだ、これは騙されている、とヤバさを伝えた。ゾンビ映画でまだ感染しきっておらず人の心を持っているうちに命からがら逃げて、人里に降りてきたような剣幕と声量だったと思う。

 

 最初は半信半疑だった両親も、事情を汲み取ったようで、そのまま後ろに両親を従えて院長に退院したいということを直訴しに行った。

 その訴えに、まだ「いや、原因不明だからさ~」とか言っている志村・サンダース ルックの院長の言葉を、今度は逆に僕が遮りホールドして、「そんなわけないですって!!!!!!良いから診てくれ!!!手術でもなんでもしてくれ!!!!!!」というようなことを、うっすうすの言葉のオブラート、というよりはサガミオリジナルの言葉の激薄コンドームぐらいに包んで、ほぼ生感覚で伝えまくった。

 

 すると院長も「~という病気です。今から手術しようと思えばできるけどね~」みたいな軽いノリで白状し始めた。

入院生活を終えられれば何でも良かったので、おまかせしますと言った。

 

 手術はメスで患部を切って、中の膿を器具で吸い出すという工程で行われた。何故工程を覚えているかというと、ほぼ全くと言っていいほど麻酔が効いておらず意識がはっきりしていたからである。

とにかく激痛だった。直に肉を切られているようなものだ。終始絶叫だった。

 

 今思えば、直訴する前に逃げ出して病院を変えれば良かった。そんなことも思いつかないぐらいに興奮していた。

けれど、ホラー映画の登場人物も、自分から明らかにヤバい館に入っていったり、その中で怖い目にあってもなかなか逃げずに、館の主とあまつさえ対決しようとしたりする。そういった正義感が自分にも宿っていたのだろう。

そういえば「麻酔が効いていない!痛い!」ということを大声で伝えても「うるさいって!!」みたいな反応で抑えつけられた。

今思うと本当にありえないが、院長側としては、おとなしく入院していれば良いものの、入院費が取れないことになり「知りすぎてしまいましたね…」と俺を殺す気で執刀したのかもしれない。本当にホラー映画の館の主だ。

 

 とにかくやばかった。全く無事ではないが、手術は終わり、ほうぼうの体で寮に帰宅し、みんなに洗いざらいこの事を話した。

結構笑ってくれてまだ救われたことを覚えている。性病じゃなくてよかった~とかそういう気持ちは、とっくに忘却の彼方に消えていた。

 

10.

 無事退院し、傷跡も消え、後遺症も全く残っていないが、この話には続きがある。

 

 退院してから数年がたった20歳のことだ。

その日は友達と酒を飲み、地下鉄で帰ろうと札幌駅を歩いていた。

すると隣から「もぉ~先生~エッチなんだから~~」と40代ぐらいの女性の声が聞こえた。

 

 エッチな人に対して”もぉ~エッチなんだから~~”というセリフは逆にド直球の超ベタすぎて、リアルではお目にかかったことではない。創作の中のセリフでしか聞いたことがない。

父親が娘の彼氏に「お前に娘はやらん!」と言ったり「それで…夢でメシが食えるのかね?」と言ったり、森進一が「こんばんは…森進一です」と言ったりするのと同じレベルだろう、と思い、何気なくそちらを見ると…

 

 あのシムケンルックのカーネル・サンダース a.k.a. クソ院長がそこに居るではないか!!!

しかも、両手に花とばかりに、夜の仕事をされているであろう女性を両脇に抱えて赤ら顔で歩いている。今度は鼻だけじゃなく、顔全体が赤かったので、酒も飲んでいると見える。

 

 ここで僕がスパナでも持っていて、日本国に暴行罪・および殺人罪などの法律がなければ、あのノー麻酔オペの伏魔殿とばかりに、頭をぶん殴っているところだったが、残念ながらその頃はまだ刑法が日本にあったらしく、とどまった。

そして、院長が女性たちに話していたことは、活字で書くのも憚られるほど下品なものだった。

あの会話の内容に、もぉ~先生~エッチなんだから~~は生ぬるい、先生変態なんだから、先生スケベなんだから、にとどまらず「もぉ~先生~色情魔なんだから~~」ぐらいがお似合いだ。

 

 その後、院長は夜の街に消えていった。僕も地下鉄のホームへ向かった。家に帰るまでの間、すっかり忘れていたあの入院の出来事が、しきりに思い出されていた。

 

11.

 そこから更に数日後、道内の夕方のニュースを見て驚いた。

●●市の病院で、入院費を違法・不正に請求していたとして、院長に営業停止処分が下されたというニュースがあった。

 

 病院の名前も忘れていたが、ニュース映像に出ていたのは紛れもなくあの病院だった。やはりあの入院の日数などの基準は違法なレベルで、あの院長は本当の悪徳院長だったらしい。

 あの日駅で見た下品な豪遊は、すでにガサ入れが始まっていて不正発覚の兆しがある中での最後の打ち上げ花火だったのだろうか。

 

 そして、35年間あの病院に”住んで”いた、スモール談志師匠はどうなったのだろう。飼い犬が野良犬に戻れないように、入院がクセになって、また入院出来る別の病院を探していたのだろうか…ということを考えるとあの日のように少し眠れなかった。

リアルスカッとジャパンみたいな話で少し恥ずかしい。

 

<完>