091 三百円が好き(だった)

『居酒屋・三百円の思い出』

 

1.

 三百円が好きだった。

 三百円というのは、かつて札幌にあった、今は亡き(あるの?)居酒屋チェーンだ。

 

 その名の通り、食べ物が全品300円で提供されており、飲み放題も30分300円で、なんと平日は飲み放題60分300円という激安っぷり。

20歳前後(とあえて幅を持たせて書く)の僕らには大変重宝していた店だ。

 

 ド田舎から、一応の地方都市である札幌に出てきた僕らは、週末平日問わず集まっては飲んでばかりいた。

三百円であれば、2時間飲み放題+一人2品を頼んで、お通し代含めて1500円でめちゃくちゃに酒が飲める。

 

 そんなわけで、集まって行く店と言えば、3000円で食べ飲み放題の『日の出本舗』という店か、一回1500円の三百円ススキノ店ばかりだった。

 

 だから日の出本舗を「3000円=三百円2回分=贅沢な高級店」と捉えていたし、ライブのチケット代とかで4500円と耳にすると、頭の中で「三百円3回分か…」と計算していた。

もはや、1500円=1三百円という新しい単位として頭の中で確立しており、そのぐらい三百円に脳を侵されていた。

どうかしていたと思う。

 

2.

 その激安具合から、料理や酒のレベルはお察しのものだ。

特に料理。サイズ(量)は大きいが、味も超絶大味のものばかりだった。

 

  •  だいたい30センチぐらいの大きさで、薄さ3mmぐらいの「ジャンボチキンカツ」
  •  だいたい30センチぐらいの大きさで、中にゆで卵がまるまる1個入っている「びっくりオムライス」(何がびっくりするって、具材は完璧にオムライスなのにびっくりするぐらいマズい。本当に空腹を満たすだけの用途)
  •  だいたい15センチぐらいの長さ・高さ10センチの大きさで、化学調味料味バリブリの「チャーハン」…

 

そのすべてが300円である。

全部だいたい~の大きさで、と書かなきゃいけないの何なんだ。

 

中には美味しいメニューもあり、

  •  だいたい40センチぐらいの大きさで、普通よりは薄いけど味は確かな「ホッケ」
  •  4個ぐらいしか入っていないから我々の中で三百円の高級メニューとされていた「手羽ギョウザ」…など

 

 激マズ料理の中でも、King Of Kingsだったのがお通しで、なんか春雨?マロニー?的なのをただただ酢和えにしたものが、小鉢にドサッと入って出てきていた。

その食感と味から我々の間では「ゴム」と呼ばれ、誰も手を付けるものはいなかった。

 

 例外として、”しけた”というガン●ャ中毒の友達だけがゴムをウマイウマイと食っていたので、いつもしけたの小鉢にはゴムがドッサリ集まって山盛りになっていた。

このお通しも300円で、「これさえなければ手羽ギョウザがもう1個頼めるのに…」と辛酸を舐めた。どんだけ貧しいんだ!!!!

 

 そして、店員さんはほとんどが中国人で、注文は一度で聞き取ってもらえない。

「チャーハンください。」

『は?』

「チャーハンください…」

『…』

と、聞き返したわりに、了解した際には返事をせず、ただただ手元の機械に注文を打ち込む、というのが毎回だった。この価格帯なんだから仕方ない!と誰も文句を言う者はいなかった。

 

 この三百円で、毎週のように鬼のように酒を飲み、飲んで吐いてくたばったり、起きたら交番だったり、三百円の後に行ったカラオケの壁を誤ってぶち壊してしまったり、三百円の後に3000円(2三百円)の激安キャバクラに行ったりと言う、場末中の場末の思い出がたくさん出来た。

ある時は30人ぐらいのどこかのサークルの団体が帰った後、残した刺し身とかをどうせ捨てるならとめちゃくちゃ食ったりしていた。

あの頃、僕らは確かにドブネズミだった。それも、甲本ヒロトが言っていた美しいほうのドブネズミではなく、正調にただただ真っ当にドブネズミだったことだろう。

当時は、めちゃくちゃ楽しかったけど、戻りたいかと言ったらマジで戻りたくはない。

 

3.

 外観もボロく大半の料理がマズかったが、ただただ居心地がいいのと激安なことから、僕らは本当に三百円を愛していた。

何かといえば「三百円で良くない?」と、誰かの誕生日などのイベントごとも三百円に集まっていた。

 

 僕が地元に帰省したときも、地元の集まりで、わざわざ地元の近くにある三百円を調べて、予約して行った。

どんだけ好きなんだ!!!っていうかどんだけ店を知らないんだ!!!!!!!!!!

 

 先日のこと。

 当時の三百円メンバーの一員であるタニケンと、浅草を歩いているときに、なぜか三百円の話になった。

お通しのゴムの話や、ジャンボチキンカツの話など、当時の話が一通り出た後に思い出したのは…

 タニケンが19歳の時(あるいは20歳の時かもしれない、と幅をもたせておく)いい感じになった女の子と、人生初めてのディナーデートに行くことになった。

19歳だし店を知らないので、「大人は普通どういうところに行くんだろう?」と我々は頭を悩ました。

当時のことを思い返すと、僕もその相談に乗って、いろいろと提案した覚えがある。

 

 翌週、タニケンと会って、事の顛末を聞いた。

「結局どこ行ったの?」と聞くと

『ん、普通に三百円行ったよ』

 人生初のディナーデートが三百円!!!!!!!!!!!どんだけ三百円好きなんだ!!!!!!!!っていうかどんだけ店を知らないんだ!!!!!!!!!!

 

 の最高潮である。今となっては。

 

 と、笑っていたが、僕もその頃付き合っていた彼女と、クリスマスデートに三百円に行ったことを思い出した。どちらもロクでもないし、バカに出来る立場じゃなかった!!!

せめて、”高級店”である、3000円の日の出本舗に行けばよかったのに…

 

 そんなことを思い出して、距離も時間も隔てた20代後半に歩く浅草で、僕らは少しだけドブネズミの頃にタイムスリップしたのだった。人間になれて良かった~!!(;;)

 

 22歳以降一度も行ってなかったのですが、24歳ぐらいで久々に行った時に撮った三百円のメニューの写真を載せておきます。

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ガチャガチャの筐体に貼ってある紙みたい。コレクションガチャガチャ・三百円があったらやるのに。

もちろん一回三百円。海洋堂制作のジャンボチキンカツやびっくりオムライスのフィギュアストラップ、シークレットは手羽ギョウザか!?あるいはお通しのゴムか!?!?

いずれにしてもろくでもねー!!!

この写真、Tシャツにしたいね。