089 集団ヒステリーが好き <上>

『無我夢中への入り口』(前編)

 

1.

 集団ヒステリーが好きだ。

 何か物騒な書き出しとなってしまったが、この場合の集団ヒステリーは、ヤバイ新興宗教団体で…的な本来のコワイ方の意味ではなく、「複数人が集まって、どうかしてるぐらい何かに無我夢中になってしまうこと」ぐらいにとらえてほしい。

 以前の職場の僕がいた部署は仲が良く、自分たちの部署の人たち+他チームの仲のいい人たち数人で、定期的に集まっては飲んでいた。

 

 というのも、客層がヤバヤバのヤバ(最近流行ってる感じの言い回しで言うと)で、時々集まって対策会議をしないとモチベーションの維持が難しかったからだ。対策会議と言っても、真剣に対策するわけではなく、ワッハッハだった。

職場全体の飲みでも、結局は同じ部署・チームで喋っていることが多かった。

 

2.

 集まりで使用する店はほぼ毎回決まったジンギスカン屋さんだった。

札幌には数多ジンギスカンの有名店があったが、その店は全く有名店ではなく、知る人ぞ知る小さな店だ。

 

 職場から近いから、というわけではなく、地下鉄で何駅か乗りついでまで、終業後に集まっていた。

何故そこまでするかというと、ここのジンギスカンがわざわざ乗り継いで集まるぐらいめちゃくちゃ美味かったからだ!!!ウマウマのウマだった。(この言い回し自分に似合ってないし楽しくないからもう辞める)

 

 北海道出身の僕らにとって、ジンギスカンはもはや家庭料理というほど慣れ親しんだものであり、正直夕飯でジンギスカンが出たら「へぇ、ジンギスカンか」ぐらいのリアクションをする程度だった。

しかし、この店のジンギスカンを食って、ジンギスカンのイメージ・ひいては自分の中での食べ物としてのランクまで大きく刷新された!

ジンギスカンはめちゃくちゃ美味い!ごちそうだ!!」と思うようになった。そのぐらい、この店で食えるジンギスカンはレベルが違った。

 

 食べ飲み放題120分・3500円の絶妙な価格設定。ビールはお馴染みのサッポロクラシックで、バッチリ冷えており、かつ風味を損なわない温度設定。

 

 メニューは、マトン・ショルダー・ロース・ウインナー・鶏肉・焼き野菜というたった6種類程度だったのだが、このどれもが、シンプルながら最高峰だった。

肉質はフワッフワで、敷布団にしたいぐらい!!京都西川もひれ伏すぐらい安眠できることだろう。

シンプルな炭火焼きなのだが、もともとの上品でさっぱりした油と炭火のスモーク感が絡んで、実に奥ゆかしい風味の重層構造を作り上げている。

これをタレにつけ、ご飯にワンバウンドさせて食べるッッ!!じっくりと噛み締めてからビールで一気に流し込む!!!

ああ~今すぐ食べたい抱きしめたい!!!!!!

 

 というぐらいこの店が好きだった。そして、この飲みに参加する10人弱のメンバー皆が、同じぐらいこのジンギスカンの味、この店を愛していたのだった。

 

3.

 この会は平均して2ヶ月に1回ペースで催されていた。

 

 何故なら、みんな中毒になりすぎて、しばらく開催されていないとソワソワしだし「そろそろ…じゃない…?」とまるで、子作りをする夫婦のような誘い方を誰かからともなくするのであった。

(もっと例え他になかったのか。しかも自らが子作りをする夫婦であったことがないから、この例えが的確かどうかもわからない。きっと何か創作物の中で見た描写だろう。「そんなんじゃねーよ!」って思われた方いればすいません。補足に文字数とりすぎなので本文に戻ります)

 

 そこから、迅速な連絡機能により、参加メンバー全員のスケジュール確認は概ね5分以内で終わる。参加できるメンバーが多数になれば、その週末にはもう開催されることとなる。

 

 開催が決まってから、だいたい数日間その店の話題で持ちきりなので、開催日当日には、全員がもうまさに「肉を食らう野獣」のテンションになっている。

 

特にガチ勢の人は(全員ガチ勢だが)前日から食事を少なめにし、当日食卓につくと「今日朝起きてからマーラーカオ1個しか食わないようにした」と宣言するなど、まるでアスリートのカラダ作りのようだった。もはやヒステリーへの門は開いているのだ。

 

 そして、とうとう肉が登場すると、皆30分ぐらい黙りこくる。

 乾杯もそこそこに、皆わき目も振らず次から次へと肉を食べ始め、おかわりに次ぐおかわり、おかわりtoおかわり、おかわりからおかわりへのトランジット、おかわり発おかわり経由おかわり行きそして幸せへの直行便とばかりに、10人弱の大人がとにかく黙々と食い続けるのだ!

この世から羊が絶滅、あるいは翌年のレッドリストに羊が掲載されれば、その原因の90%は我々にある、というぐらいの食いっぷりであった。

 

 肉のペースに合わせて、ビールも物凄い量を飲む。僕は、ジンギスカンとビールの組み合わせが最高すぎ+店のオバサンが物凄いペースで持ってきてくれるので、20分でビールを中ジョッキ4杯飲んでしまったことがある。

まさに酒池肉林の会だった!!字面だけ。

 

 30分を過ぎたあたりで、満潮がひいたように、みんなが満足し、徐々に近況の話で盛り上がり、赤ワインなどを交えながら会は進み、ワッハッハのまま終幕する。

 

 次の日に職場で、店での様子を振り返ると毎回「冒頭30分全然喋ってなかったよね…」となる。

僕らはあの店でいつも、ラム肉への集団ヒステリーを起こしていたのだ。

いつしか「起こそう、集団ヒステリー!!」がスローガンとなっていた。10人弱の大人を、30分間、食の集団ヒステリーに迷い込ませるそんな魔力・魅力があの店にはあった。これを書いている今も、あのラム肉を早く食べたいと思っている。

一番ヒステリックだった時期は、中一日で食いに行ったことがある。中継ぎピッチャーだったらシーズン終了時には肩を壊している。

ヒステリックになる対象がラム肉の食べ飲み放題ということもあり、体型は肥大し「逆・ヒステリックグラマー」になっていた。あんまり上手くない。ラム肉は美味いけどね、よっ!!!!!

 

 有名店よりずっと手頃で味も美味しかったと思う。何より、注文したものが来る速度が爆速。(全部1分以内ぐらいで来る)

 何故イマイチ繁盛しないか考えると、店が結構ボロ目で目立たないことと、予約の電話をすると爆速で店のオバサンが電話を切ることぐらいか…

電話を切る速度と料理の提供速度があまりにも正比例している。

札幌に帰ったときはぜひ食べたい。

 

(続きます)