037 人の趣味の選択・思いつきの話を聞くのが好き <下>

(↓前回、前々回からの続きです)

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『母親の選択・思いつき』 -3-

 

5.

 ムカツク貯金のせいでろくにおこづかいがたまらず、ビックリマンチョコも買えなければ、遊戯王のカードダスも出来ない。

更には、働いていない妹たちはムカツクを言っても罰金は免除で、むしろ卵ボーロなんかを与えられているではないか。卵ボーロ受給者たちと比較しても、僕は紛れもないワーキングプアーだった。

 「風呂掃除、最低賃金を10円→20円へ上げろ!」というノボリを持ってデモ行進をし、厚生労働省最低賃金審議会の機能も兼ねていた母親に賃上げを要求したが、この要求も「ムカツクを言わなければいいだけの話」と、無常にも却下されてしまった。

 

 そんなある日、事件は起こった。

夕食が終わりテレビを見ていると、その日機嫌が悪かったらしい母親が家事をしながら、皿を割ったか何かのはずみに「ムカツク!」と言ったのだ!!

 

 …一瞬時は止まった、母親も無言ではあったが明らかに(……言ってしまった……)という空気を醸し出していた。

僕も同様に「……あ……」と言葉を失ったが、そこは、これまで不平等条約により、搾取され続けたブルーカラーの労働者だ。一瞬のうちに気持ちを切り替え、政治家の不祥事を見つけた記者のように「言った!!!!言った!!!!!!!!!!!今言ったじゃん!!!ムカツクって!!!!!!!!」とこれ以上ないほどの指摘をした。

 

 ここで母親が「ごめん、言ったわ」と素直に認めてくれればこの話はこれで終わりだった。

僕のあまりの語気の強さ・水を得た魚、あるいはエンゼルパイを得た千秋のようなイキイキとした様子に、負けてられないと思ったのか、ありえない言葉を言い放ったのだ。

 

 あろうことか、

「ああ!!!!!!言った言った!!!!!!!!何回でも言ってやる!!!何回でも!!!!ムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツク!!!!!!!!!!」

と大声で返して来た!!!!

 

 この翌年にあった”雪印集団食中毒事件”で、雪印のトップが「そんなこと言ったってねぇ、わたしは寝ていないんだよ!!」と記者に逆ギレをしたことが大きく取り上げられた。

 不祥事を起こした企業のトップの対応がまずかったり、文字通り逆ギレのような対応をしてしまう事件がときどきあるが、1999年にうちの母親がまさにそれをやっていた。歴史のテスト勉強では「言(1)ったぞ急に9回クイック(999) ムカツク連呼逆ギレの乱」と覚えよう。

途中あまりにムカツクムカツクと連呼されて、「ムカツク」が「ツ・クムカ」みたいに聞こえてきてゲシュタルト崩壊を招いていた。

 

 逆ギレをされた僕は「なんだよそれ…」と言うことしか出来ずに、部屋に帰ってポケモンをした。

母親も冷静になったらしく、翌日、なし崩し的にこの天下の悪法である『ムカツク貯金法』は撤廃された。

 

 長い悪夢が終わり、今まで没収された罰金もすべて帰ってきた。結構な額になっていた。思えば本当に”貯金”だったのかもしれず、乱を起こすことでその貯金を僕に解放したのかもしれない。

用途は覚えていないが、戻ってきたお金でたしか小学生なりに豪遊した。最終的に、翌年には「毎週ジャンプを買いたい」という僕労働組合の要求で、風呂掃除の賃金は10円→30円にあがった。

 

6.

 幼少期から見ていて、もともと母親は無趣味な人という印象があった。きょうだいが4人も居たし、更に共働きだったため、忙しくしていて自分のために趣味をする時間もなかったのだろう。

家でテレビを見てお酒を飲み話す、ぐらいしかやっている様を見ていない、それで一日の疲れを洗い流すことに精一杯で、日々楽しんでいる余裕がなかったのかもしれない。

 

 一番下の弟が今年で家を出たため、時間に余裕が出来たようで、朝と夜にすることがなく、手持ち無沙汰から選んだ趣味がオカリナという思いつきは相変わらずだ。

当時はその思いつきに振り回されて、ムカツク貯金を始めとして不条理で嫌な思いもしたが、何かと必死だったのだろう。これからはゆっくりオカリナを吹きながらマージャンをして欲しい。

 

 僕は反面教師的にムカツク貯金のような悪法は家で作らず人に課さないようにしようと思うし、なるべく心には余裕を持って生きたいとは思うが、何にしろ必死で育ててくれたことには少なからず感謝だな~とは感じている。

今回書いてて小3のときのどうしようもない気持ちが蘇ってきたのが不思議だった…やっぱりあれは何回思い出してもムカツク!!!!(10円)

 

 何にしろ人の趣味の選択や思いつきの話は、自分では本当に思いつかないものばかりで聞いていて面白い。

もっと人の思いつきや突飛な趣味の選択を聞きたい。

 

<完>